ジェット燃料JP-8をJET A-1に切り替えるとは?

隅田金属日誌(墨田金属日誌)というブログサイトで、「米軍もJet-Aを使うってさ」と題した記事が書かれていた。

米空軍が民間燃料を使うというニュースがある。これこれなのだがね。高い軍用統合燃料JP-8から、民生用のJet-Aに切り替えてみましたという話。

JP-8もJet-Aも、基本的には、同じ燃料なので何も起きない。普通にエンジンは回るし、普通に飛ぶ。凍結防止剤ともう一つを添加したとあるが、これも特に必要なものではない。民間機はJet-Aのままで高空で飛んでいるし、ICAOも問題にしていない。

これについては大略間違っていないが、少し理解不足があるような気もするので、以下に補足してみる。
まず、JP-8とJet A-1は、そもそも燃料としては全く同じだ。民間規格ではJet A-1だし、軍用規格では多少の添加剤を加えてJP-8としているにすぎない。では、なぜJP-8とJet A-1は価格が違うのか?
それは、JP-8としての認証を取得して維持するために、MIL規格の品質管理規定を守らねばならないので、多額の費用がかかっているものと考えられる。つまり、Jet A-1と同じものだけど、JP-8のラベルを貼って売るために、それだけの追加コストがかかるということだ。
(他の製品分野でも、実はこういうことはよくある。米軍では、こういう不合理を正すために、多くのMIL規格について廃止や格下げ、民間規格への置き換えを進めてきた経緯がある。90年代のMIL改革と言われる事業で、我々の業界は少なからぬ影響を受けている。)

今回JP-8をJet A-1に替えるというのは、同じ内容の規格であれば、同等の民間規格に基いて調達しても良い、という判断だと言える。
分かりやすく例えるなら、ある材料がメートル法でなくフィート・インチ法で検査されたものであっても、同じ長さであれば購入して良い、というような意味にすぎない。
だから、JP-8を指定された軍用機にJet A-1を入れても、何も問題が起きないというのは、技術的に正しい。この点は墨田金属さんの記事も間違ってはいない。

しかし

別にJet-Bでも、JP-4でもJP-5でも、何も起きない。陸空自衛隊機、海自機、海保機、米軍機は、他所の基地や艦艇で燃料を貰うことがあるが、燃種が切り替わっても、さらにタンク内でコンタミしても、何も起きない。

この部分の理解には大きな間違いがある。

JP-8指定の機種にJet B-1やJP-4、JP-5を入れたらどうなるか。
これらはJP-8やJet A-1とは異なる物性(引火点、沸点、比重など)を持っている。墨田金属さんが書いているように「燃種が切り替わっても、さらにタンク内でコンタミしても、何も起きない」なんてことは、言えない。

確かに、ジェットエンジンはあまり燃料を選ばない性質がある。しかし、エンジンも航空機も、予め使用燃料を想定して設計されているので、想定外の燃料を使用すれば、想定外の不具合(トラブルや事故)が起こる。
これが料理のレシピ程度の話なら「まあ大丈夫じゃねえの?」とやってみるのもありだが、航空機の運航に関してはありえない。厳密な技術検討と実地試験を抜きにして判断は不可能だ。
実際、燃料性状に機体(エンジン)側の設計が合致していないための不具合は起きている。

現在、たとえば米空軍の多くの機種では、JP-4でもJP-8でも使えるようになっている。けれども、それはその前提で設計されているか、あるいは個別に検証し、問題点については対処した結果、使えるようになっているだけだ。そして、使用可能な燃料の種類については、ちゃんと機体のスペックやマニュアルに、使用条件とともに明示してある。それ以外は、現場の勝手な判断で使ってはならない。

もちろん、素人さんの書いたブログを読んで、ああそうなのか、なんでもいいんだ、と勝手に指定外の燃料を給油するような馬鹿は、航空従事者にはいないことはわかっている。
しかし、ちょっと気になってしまったので、少しでも誤解を正したいと思い、駄文を奏した次第。


ジェット燃料JP-8をJET A-1に切り替えるとは?」への5件のフィードバック

  1. おっしゃる通りです。これについてはT.O.がわざわざ一冊有るくらいです。
    エンジン本体の設計も有りますがレギュレターが対応してるいるかどうか。また、各種性能機能に与える影響等々結構大変なのです。現在主流の静電容量式燃料計の中には、マニュアルで変換を要するモノも有ったり(..;)(lbsが狂う)

    件の方の主張は、緊急時に限り許される。と書いてあるかもしれないおとぎ話といえるでしょう。

    今後はJP-8に最適化される設計になっていくでしょうが、今の所、件の方の(頭の中の)経済性への拘り方よりも、実務としてひーこらひーこらしている民間航空がJET A とJET Bを未だに使い分けている理由に、件の方が考えが及ベは墓穴掘らなかったろうに。と考えます。

    註:コレは件の方の全般にいえてます。いい主張もされるのですが、考察不足の一文を附言して台無しにされているものが散見されます。

    1. ていねいなコメントありがとうございます。
      燃種の変更はなかなか厄介ですよね。
      件のブログ主の方、おっしゃるとおり良い主張もされており、せっかくの内容が専門外への脱線で台無しになってしまうのは惜しいです。
      専門外への言及は、やはり慎重にしないといけないな、と、自省の材料にしたいと思います。

  2. うーん難しい補足ですが、現在の軍用航空機の大半はJP-8規格なんですよね。
    確かに、JP-4を入れても問題は起きません(実証済みですし、パイロットは笑って受け入れてくれました)。ただし、MAXPOWERまで出力は上がりません。両方使える航空機の中には、燃種変更切り替えスイッチがあるらしく最適な状態で飛ばすことができるようになっているようです。

  3. 失礼します。
    ブログ主は海上自衛隊の出身ですんで。海の航空で言えばJP-4とJP-5の混用に関しては問題ないとゴーサインが出ています。
    これからは低コスト化で民間規格の燃料が主流になるのしょうがないんでしょうね。

    1. 燃料の使用グレードは、あくまでもマニュアルに従ってください。
      代替燃料の使用にはなんらかの制限がある場合もあります。
      混用が許されているというのは、必ず技術的な裏付けがあるものと思います。

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