オスプレイの安全性を考える – フール・プルーフ設計

我ながら旧聞にも程があると思うが、2012年にモロッコで起きたオスプレイの墜落事故に関連して、ティルト・ロータ機の操縦システムにおけるフール・プルーフ設計について書こうと思う。

フール・プルーフ設計とは、安全性設計概念のひとつで、人間が「やってはいけないこと」をやってしまっても安全なように、あるいは、「やってはいけないこと」ができないように設計しておく、という考え方だ。
日本語では「馬鹿対策」などと汚い言葉で表現されることもあるが、人間は必ずミスをするものであり、本来すべきではない操作をやってしまうものだから、対策をとっておこうというのが、このフール・プルーフである。

さて、モロッコで起きたV-22墜落事故の概要は、以下のようであった。

1. 同機は海兵隊員12名を降ろした後、離陸して地上6mまで真っ直ぐ上昇、副操縦士が右ペダルを踏みこんで右回りのホバリング旋回に移った。
2. 高度14mほどでホバリング旋回を終え、そのままエンジン・ナセルを87°から71°まで前方へ傾けて、25ktの背風を受けつつ遷移飛行に入った
3. ナセルを前方へ傾けたことで重心が前方へ移動して機首が下がり、しかも追い風で水平尾翼が押し上げられ、機体は前のめりになって墜落した。

墜落の原因は、前進速度のない状態で、しかも25ktの背風を受けつつ、遷移モードに移行してしまったことである。

オスプレイの操縦マニュアルによれば、エンジン・ナセルを傾けて遷移モードに入るには、尾翼の下向き揚力が十分に得られるよう、まずヘリコプタ・モードで40kt以上の前進速度をつけなければいけない。
ところが、この事故においては、前進速度ゼロ(背風の影響を加味すればマイナス25kt)で遷移モードに入れてしまったため、頭下げが抑えきれずに前のめりに墜落したのだ。
正しいプロシージャ(手順)と事故機の事例を図示すると、下の図1のようになる。

図1. V-22の飛行モード遷移
図1. V-22の飛行モード遷移

ここで、パイロットがマニュアルに従って操縦していれば、当然このような事故にはならなかった。だから、事故の原因はパイロットの誤った操作というヒューマン・エラーである。
しかし、ここで起きたようなパイロットの誤操作は、経験のあるパイロットにとっても、十分起こりえるものだ。
なぜなら、遷移モードに移る前にヘリコプタ・モードで40kt以上まで加速するという操作は、必ずしもパイロットの直感にそっていないからだ。
図1の正しいプロシージャを見てわかるとおり、オスプレイの飛行モード遷移は、飛行状態のフェーズと一致していない。そのため、パイロットの直感的な操作として、加速フェーズに入る際、直に遷移モードに入れてしまうという誤操作が起きてしまったのである。

さて、ここで冒頭に触れたフール・プルーフについて考えてみる。
こうした誤操作で事故に至らないようにするには、40kt以下ではパイロットが操作しても遷移モードに入らないよう、操縦系統にプロテクションをかける方法が考えられる。誤操作を予期したフール・プルーフだ。
なぜオスプレイにそのようなプロテクションがないのか、防衛省の調査チームが照会したところ、遷移モードによる滑走離陸を想定しているためだとの説明があったようだ。
しかし、それならWOWスイッチ(Weight on Wheel Switch:車輪にかかる荷重を検知するスイッチ)を使うなどして、飛行状態にあるときだけプロテクションを効かせればよいのであって、必ずしも十分な説明ではない。
はっきり言えば、オスプレイの安全性設計に抜け穴があったとしか言いようがない。

では、現在開発されている民間向けのティルト・ローター機、AW609ではどうなっているだろうか。
先の図1に準じてAW609のプロシージャを示したのが図2である。

図2.AW609の飛行モード遷移
図2.AW609の飛行モード遷移

ご覧のとおり、機体の飛行モードは飛行状態フェーズに一致している。
更に、飛行モードの遷移は、V-22オスプレイのようにナセルの傾きをレバーで制御するのではなく、操縦レバーに付いたスイッチを押すごとに、ヘリコプタ・モード>遷移モード>飛行機モード と変化するようになっており、ヘリコプタ・モードから直に飛行機モードに入ってしまうような誤操作もおこらない仕様になっている。
オスプレイでは考慮されていなかったフール・プルーフが、AW609ではきちんと成立しているのだ。
少なくともこの点では、オスプレイの安全性設計がAW609に大きく劣っていることは確かだ。

もちろん、今回取り上げた内容が、直ちにオスプレイ配備基地の周辺住民に危険を及ぼすものと言い切れるとは限らない。
しかし、ティルト・ロータ航空機の安全性という観点では、重要な示唆を含む事故であったと言えるだろう。


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