零戦を日本で飛ばすには?(耐空証明のことなど)

日本人のお金持ちがアメリカで零戦を購入して、それを日本に持ってきたという。
この「零戦里帰りプロジェクト」、あちこちで報道されていて注目を集めているようだ。
「株式会社ゼロエンタープライズ・ジャパン」という法人も設立されており、現在は会員の募集やイベント興行の企画などを行っている。
昨年のプレスリリースによれば、「日本人所有の零戦を日本人パイロットの操縦により日本の空に」ということだから、あくまで目的は「日本で飛ばす」ことのようだ。

初期の報道では、日本の民間航空機として登録記号(いわゆるJAナンバー)を取得するのが目標だということだった。
アメリカでは既に民間航空機として飛んでいたので、そのときはアメリカの登録記号(Nナンバー)を持っていたわけである。
日本でも本機が民間航空機として認められれば、晴れてJAナンバーが与えられ、日本の空を飛ぶことができる。

しかし、最初の報道に接したとき、この目論見は成功しないだろうと思ったし、実は今もそう思っている。
僕は法律には全くの素人だが、航空法の基本的な観点だけから見ても、現実的なシナリオが思い描けなかったからだ。

まず基本的な事として、航空法の第十一条に 「航空機は、有効な耐空証明を受けているものでなければ、航空の用に供してはならない。」とある。(但し書きについては後述)
耐空証明を受けるには、個々の機体について、その設計、製造過程、現状の検査を受け、安全基準に適合していることが認められなければいけない。
これは自動車の車検に似ていて、1年毎に更新が必要だ。

よく耐空証明と混同される制度に、型式証明というのがある。
これは、主に量産航空機に関して、その設計と製造過程について証明を行うもので、機体の型式とその製造会社(航空機メーカー)とに対して与えられるものだ。
自動車でも、市販車に対する型式認定制度があるが、これと同様に考えればよいだろう。
型式証明を受けた航空機については、設計と製造過程の検査が大幅に省略され、実質的には現状検査だけで耐空証明が取得(更新)できる。
自動車でも、型式認定を受けている市販車なら、登録や車検の際にいちいち設計書類や製造記録が審査されることはない。それと同じだ。

しかし、型式証明を受けていなくても、設計、製造過程、現状について安全基準への適合が認められれば、耐空証明を受けることはできる。(とてもたいへんだが)

以上のことを図解したのが下の図である。

耐空証明制度のしくみ
国交省ウェブサイトより転載(クリックで拡大)

今回の零戦についてはどうだろうか。
まず、零戦に対しては、アメリカも、日本国も、型式証明など与えてはいない。
だから、型式証明を前提とした耐空証明の付与(上図の2~4のパターン)はありえない。

では、たいへんな手間をかけてでも、型式証明を前提としない耐空証明(上図1のパターン)が可能かというと、これも不可能だ。
耐空証明の基準(具体的には耐空性審査要領や14CFR PART23など)は民間航空機としての設計基準だから、零戦をはじめとする戦闘機などは、これを全く満たせないのだ。
逆に言うと、もし本機がこれらの基準を満たすようなら、それはもう零戦と呼べるシロモノではない。

それなら、アメリカで本機はどうやって飛んでいたのか。
アメリカの法規では、Special Airworthiness Certificate(特別耐空証明)という制度がある。
Special Airworthiness Certificateには、農業機や消防機に適用するRestrictedや、実験機、試作機、エアレーサーなどに適用するExperimentalなど、いくつかのカテゴリがある。
エアショーやエアレースで飛んでいる第二次大戦機などは、このExperimentalカテゴリに該当する。
零戦は、この制度によってアメリカ合衆国の耐空証明を受け、エアショーなどで飛んでいたのだ。つまり、アメリカでは”特別な”耐空証明を受けていたということだ。

さて、外国(ICAO締約国)で耐空証明を受けた機体を輸入する場合は、当該国の輸出耐空証明を受けることによって、日本での検査が省略される。先に挙げた図中5のパターンだ。
だから、この零戦がアメリカで輸出耐空証明を受けていれば、日本での耐空証明が受けられる可能性がある。
しかし、残念ながらそうはいかない。
アメリカの法制度(14 CFR 21.329)において、Special Airworthinessの航空機に対する輸出耐空証明は、”Primary”または”Restricted”カテゴリにしか発行されないと定めているからだ。

これは考えてみれば当たり前のことだ。Experimentalカテゴリの耐空証明というのは、アメリカ国内の事情に立脚して限定的に認められたものにすぎない。
ちなみに、このExperimentalカテゴリに含まれる民間籍の軍用機は、必ずしも古典機に限られていない。機体メーカーが自社保有する現用戦闘機のほか、民間(企業)オーナーのSu-25やMig-29なども含まれ、少し前にはSu-27も存在していた。いかに特殊な制度なのかが理解できるだろう。

かくして、輸入した零戦が日本で耐空証明を受け、JAナンバーを付けて日本の空を飛び回ることは、現状では不可能というほかはない。

だが、航空機について少し知識のある人なら、いわゆる「十一条但し書き」についてご存知だろう。
冒頭に書いた航空法第十一条には 「但し、試験飛行等を行うため国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない。」という但し書きが付いているのだ。
実際、この但し書きによって多くの航空機が飛んでいる。
大きなものでは、自衛隊機を製造する航空機メーカーによる試験飛行や、防衛省以外の官公庁による実験機の飛行があるし、小さなものでは個人によるウルトラライトプレーンなども含まれる。
これらについては国交省による耐空証明は与えられないが、その都度行われる申請に基いて、申請事項に限定した飛行が許可されている。

零戦について言えば、この但し書きをもってしても、興行を目的とした継続的な飛行は認められないだろうが、公共性のあるイベントなどで期間と場所を絞りこめば、可能性はあるだろう。
(もちろん、その場合でもJAナンバーが交付されることはないだろうが。)
かつて、米国籍の零戦や疾風が日本に里帰りして飛行を披露したことがある。外野の想像にすぎないが、これらも十一条但し書きを根拠にしたのかもしれない。

もちろん、ここに書いたような困難は、大金を投じて零戦を購入したオーナーや里帰りプロジェクトのみなさんは、事前に重々承知のことだろう。日本で飛ばしたいと言い出すからには、これらの問題をクリアできる算段があったはずだ。
なにしろ、機体の輸送、駐機料、整備料を捻出するためとして、有料会員の募集もしている。当然、耐空証明なり、十一条但し書きの認可なりを受ける見込みがあってのことだろう。(会費は僕には払えないような金額だが、応援できる人はどうぞ。)
現在の目論見がどうなっているかは、公式サイトにもあまり言及がないので不明だが、大いに興味がある。
しかし、航空専門誌を含めて「里帰りプロジェクト」を報じているメディアは多いものの、夢を語った言葉と写真を載せているばかりで、制度上の現実的な課題について掘り下げた記事にはまだ巡り会えていない。どこかにまとまった記事があったら読みたいと思う。

なんだか悲観的なことばかり書いてしまったけれど、このプロジェクト自体を否定するものではない。
当初の計画どおりには行かなくとも、今後に向けてなんらかの成果が得られる可能性はあり、それは大いに喜ぶべきことだ。
航空機ファンとしては、今後とも注目していきたい話題である。


零戦を日本で飛ばすには?(耐空証明のことなど)」への2件のフィードバック

  1. 零戦が日本の空を飛んでいる姿は見てみたいですね。出来るなら日本で動態保存ができればと思います。しかし、かつて稼働状態にあった零戦を放置してスクラップにした実績から日本での保存はしない方が良いでしょう。(屋外に二式大艇を放置してましたし)
    あと、政治的な問題で隣国が「日帝時代の侵略主義の~」などと言って意味不明な非難を浴びせてくる可能性もあります。以前、零戦や疾風が飛んだ時代はそれほどでもなかったのですが・・・。

    1. コメントありがとうございます。
      日本で大戦機を飛ばすというのは、オリジナル状態であるかどうかにかかわらず、かなり難しいと思いますね。
      アメリカやイギリスなどとはジェネラル・アビエーションの社会基盤が違いすぎるので、人、物、環境のあらゆる面で足りないものが多いと思います。
      政治的な問題も確かにありますが、大戦機の保存活動を戦前体制の正当化に結びつけることなく、純粋に「歴史的航空機」として扱うことが重要です。
      その点では、戦勝国とは違った難しさがありますね。

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