先進技術実証機ATD-Xとは何なのか(その3) 戦闘機エンジンの国内開発

先進技術実証機ATD-Xに2基積まれているXF5エンジンは、日本の独自開発によるもので、推力は約5トン。
しかし、現代の戦闘機用エンジンの推力は15トン級に達しており、XF5そのものは実用戦闘機に使えるほどの出力はない。
もし、日本が独自に国産戦闘機を開発しようとするなら、以前のエントリに書いた技術要素だけでなく、搭載エンジンも課題になるはず。
しかし、これまでのように米国などの外国製エンジンを使うという選択肢を採るのは難しいだろう。
F-35やF-22に採用されているようなエンジンは、アメリカも簡単に輸出しないだろうし、推力偏向を含めたIFPC機となれば、エンジンと機体の高度なインテグレーションが必要だ。エンジン制御ソフトウェアは、機体の姿勢制御ソフトウェアと不可分になるわけだから、単純にエンジンだけを輸入すれば済む話でもない。
となると、将来戦闘機の開発のためには、エンジンの国内開発も準備しなければならない

では、日本で15トン級エンジンの開発は可能だろうか。
エンジン開発の技術的難易度は、必ずしも推力の大小だけに左右されない。
日本のジェット・エンジン産業は、実証機用のXF5だけでなく、P-1哨戒機用の実用エンジンF7の開発も成功させている。また、戦闘機エンジン用の要素技術についても、防衛省による研究試作を経てきており、設計・試作だけなら、15トン級エンジンを目指すだけの基礎的技術力はあるかもしれない。
問題は、そのエンジンをどうやって試験するかだ。

エンジンの開発には、試作エンジンを実際の運転環境で試験することが必要だ。
しかし、航空機のエンジンは高空で仕事をする。地上で運転しても、高空の運転状態を試験することはできない。
では、どうするか。
大きく分けて次の2通りの方法がある。

  • 試験用のエンジンをFTB(Flying Test Bed)と呼ばれるテスト用の航空機に取り付け、高空で運転して試験する
  • 高空の大気諸元を模擬できるATF(Altitude Test Facility)と呼ばれる地上施設で運転して試験する
  • 東千歳のATF
    東千歳のATF

    これまでの国産エンジン開発では、エンジン推力の規模等に応じて、C-46輸送機やC-1輸送機を改造したFTB機による空中試験のほか、外国のATFを借用したり、北海道東千歳に建設されたATF等を使用したりして試験が行われた。
    しかし、戦闘機用の大推力エンジンとなると、FTB機による空中試験はほぼ不可能であるうえ、東千歳のATFは推力5トン級が能力の限度である。
    つまり、日本国内には戦闘機用エンジン開発のインフラが整っていないのである。

    では、外国のATFを借用して国産エンジンを開発できるだろうか。

    日本で初めて独自の戦闘機用エンジンを開発するとなれば、ATF試験だけでも相当な期間が必要になるはずだ。仮に(もちろん有償でだが)借用できたとしても、日本側が望むように施設を専有することは難しいだろう。
    また、開発においては、途中での不具合に対応して、試験スケジュールの変更や追加にも柔軟に対応できなければならないが、外国施設の借用では、そのような対応も期待できない。

    実は、現在のF-2戦闘機を開発していた頃、次期戦闘機のエンジン開発を睨んで、国内でも15トン級ATFの建設を望む声が挙がっていた。
    しかし、なかなか予算化されることがなく、結局5トン級に妥協して事業化されたのが、現在の東千歳にあるATFだ。
    このATF建設事業の顛末から、航空機開発に携わっている我々関係者は、「これで日本での戦闘機用エンジン開発はなくなった」と理解したのである。

    さて、それから20年あまりが経過した現在、当時から各種の提案を行っていたATD-Xが完成し、将来戦闘機への足がかりとなる技術蓄積を得ようとしている。
    しかし、以上のように、エンジンの自国開発が困難な現状では、独自開発戦闘機の実現も難しい
    つまり、ATD-Xができたからといって、単純に戦闘機開発への道が開けるといった話ではないのだ。


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