MH-60S墜落事故とテイルローター喪失について考えてみた

米軍のH-60ヘリコプターが不時着失敗、大破したというニュースがあった。
乗員が負傷したものの民間に被害はなく、最悪の事態は免れている。

初期の報道では、乗員がトランスミッションの異常を訴えていたというので、潤滑オイルの喪失が原因ではないかと推測している有識者もあるようだ。
しかし、本機を含む近年の軍用ヘリは、オイルを喪失しても、相当の時間は正常に飛行が可能だ。
調べてみると、H-60の初期型で30分、本機を含む最新型では45分以上のドライ・ラン性能を備えているらしい。
(我が国のOH-1も30分のドライ・ランが実証されていると聞いた記憶がある)
オイル喪失の可能性は僕も否定しないのだが、それだけで即座に深刻な事態に陥るとは考えにくく、致命的な要因は他にあったのではないかと思う。

不時着現場は三浦半島の先端にある埋立地で、少なくとも乗員には着陸場所を選ぶ余裕があったことがわかる。
しかし、それにも関わらず、ヘリは広い空き地の真ん中ではなく、よりによって道路際に横転している。
これは、不時着の時点で本機が通常の操縦性を失っていたことを示しているのではないか。

後の報道では、本機はテイル・ローターが止まってしまったとも伝えられているので、それなら、最後の最後に操縦性を失って横転したのも納得できる。
むしろ、テイル・ローターの効きを失っていたとすれば、この程度の事故で済んだのは不幸中の幸いとも言えるだろう。

通常のヘリコプターがテイル・ローターを喪失すると、主ローターの回転力(トルク)を打ち消す力が足りなくなるので、機体がぐるぐる回ってしまう。
これを止めるには、前進速度で発生する空気力による「風見安定」に頼るしかない。
つまり、テイル・ローターを失ったヘリコプターは、速度を落とすとぐるぐる回って落ちる。
静岡ヘリポートの付近で墜ちたNHK報道ヘリEC135も、試験飛行で墜ちた三菱MH2000も、テイルローターの効きを失いつつも不時着現場にたどり着き、そこで速度を落として墜落している。
ともに人命を失う痛ましい事故だった。

ヘリコプターがテイル・ローターを失って方向操縦を失った場合、普通に着陸することは不可能だ。
しかし、方向操縦を失ったヘリコプターが、機体は大破したものの、乗員は軽傷のみで生還したケースがある。
静岡ヘリポートを飛び立った朝日航洋のMD900が、テイル・ローターの働きをするべき「ノーター」の機能を失ったものの、厚木基地に「滑走着陸」による不時着を行った事例である。 事故調査報告書(PDF)
このMD900は、前進速度を保ったまま基地のエプロンに滑り込み、機体を大きく横転させることなく不時着することができた。
条件によって、こうした不時着方法が不可能な場合もあるだろうが、ヘリコプターが不幸にも方向操縦を失った場合の対処法として、示唆するところが多いのではないかと思う。

さて、米軍の駐留を歓迎するかどうかという立場を越えて、国民(や乗員)の安全を守るためにするべきことは、「事故原因の究明と再発防止策の徹底」に尽きる。
しかし、今回の事故でも、原因もわからないうちに乗員を称える軍人びいきの人たちが湧いていて、これだけは本当に気持ちの悪いことだと思う。
なんとかならないものだろうか。

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MH-60S墜落事故とテイルローター喪失について考えてみた」への2件のコメント

  1. 江畑氏の記事を探していると偶々このサイトを見つけました。最初は江畑氏を扱き下ろすサヨクさんか?と思いましたが、想像以上に面白い記事と江畑氏や日本の軍事専門家を的確に指摘していたことに感銘を受けました。この件については、自分もヘリの原因究明を急ぐべきだと考えていたのですが、某まとめブログで発言してみると数人に噛みつかれました。まだ、民間に事故原因の発表すらないのにパイロットを称賛するのはおかしいと感じます。軍神として戦死者を奉ってきた人たち(日本含め)もこのような感じだったのでしょうね。UH-60 系のヘリは優秀な汎用ヘリで、多くの功績を持つヘリですから早く問題を解決してほしいです。

    1. 過分なコメントを頂き、ありがとうございます。
      最近の自衛艦と民間ボートの衝突事故でもそうですが、原因を究明するよりも前に、「どっちが悪かった」とか「自衛隊を悪者にするな」という話が出てくるあたり、ほんとうにうんざりします。
      安全性を追求するうえで重要なのは、まず冷徹に事実関係を突き詰めることであり、その次元では政治的主張や個人の思い入れを介在させる余地などありません。
      盲目的な軍人びいきの視点でしか物事を捉えないという態度は、コメントいただいたとおり、戦前の日本に見られた不合理なメンタリティそのものです。
      そういう意味で、このブログは自衛隊びいきの人たちには辛口になりがちですが、技術的な事実関係だけを取り上げて考察することは、なんら自衛隊や軍隊を否定するものではありません。むしろ、感情を排した冷静な調査による航空機の安全性向上が、日本国民たる基地周辺住民と運用者の安全に寄与し、国益に資する正しい態度だと思います。

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