MRJ 5回目の納入延期:理由とその考察


1月23日、三菱航空機は、開発中の旅客機MRJについて納入スケジュールの延期を発表した。
2018年半ばに予定されていた量産機の引き渡し開始が、これで5回目となる今回の延期で、2年遅れの2020年半ばに修正された。
これまでの計画遅延については、Aviation Week & Space Technology が掲載した下のグラフのとおりである。

MRJ納入延期の履歴
(出典 Aviation Week & Space Technology)

-延期の理由は
今回の延期理由は、搭載機器の配置変更と、これに伴う電気配線(ワイヤハーネス)の全面的な見直しという設計変更のためだという。
航空機の飛行制御コンピュータなど重要な電子機器は、1台が故障しても機能を失わないように、3台あるいは2台が積まれて、冗長性を持たせている。
MRJでは、冗長化したこれらの機器を一箇所の電子機器室にまとめて置いていたが、これを機体の前後に分散配置するように改め、単一箇所への水漏れなどで全部が一度に故障することを防ぐ、ということだ。
また、これに伴ってワイヤハーネスも全面的に変更されることになる。
MRJは、日本の航空局(JCAB)の耐空証明に加えて、アメリカ連邦航空局(FAA)の耐空証明と、欧州航空安全機関(EASA)の耐空証明を取得することになっているが、アメリカFAAの耐空証明を取得するためには、この設計変更が必須になったものと思われる。
しかし、なぜ今ごろになって、こんな大きな設計変更を迫られる事態になったのだろうか。

-なぜ今頃になって問題になったのか
新型航空機の設計開発は、段階を追って進められる。
まず最初に、どんな航空機をつくるのか、という構想を立て、構想図という簡単な図面にまとめる。アイデアを技術資料や図面の形にする作業で、この構想に対して、開発のゴーサインが出されることになる。
次に、計画図という図面を作っていく作業がある。計画図は、機体の構造や機器の配置などを決める図面で、これによって機体の基本設計が完成する。
ここまでが「基本設計段階」だ。
そして、計画図に基づいて、今度は実際の部品製造や組み立てなどに使う製造図が描かれる。これが「細部設計段階」だ。
この細部設計の成果である製造図面を用いて、試作機が製造される。
今回の設計変更にあるような基本的機器配置は、上述したうちの「基本設計段階」で決定されることである。本来なら、既に試作機が完成して飛行試験たけなわの今頃になって指摘されることではない。
しかし、この背景には、旅客機開発における日本の経験不足がある。

-MRJの開発体制と経験の不足
日本の航空局(JCAB)では、MRJの型式証明に備えて組織を整え、基本設計の段階から全面的な支援をしてきた。
その支援の中には、設計資料の書類審査なども含まれており、基本設計段階からJCABが深く関与してきているのだ。
従って、本来なら、基本設計の段階で、JCABが今回のような設計不備を指摘するべきだったはずだ。
しかし、JCABにはそれができなかった。
なぜか。
JCABは、YS-11以来、旅客機の型式証明を審査する経験を持たなかった。最新の欧米における耐空証明事情については何もわからない。
耐空証明の合格基準は、実際に起きた事故や危険事象を反映して、年を追うごとに更新され、厳しさを増していくのだ。
この遅れをキャッチアップするため、JCABはFAAなどとも連絡を図りながら体制を整えたものの、最新のFAAにおける審査基準について十分把握できていなかったのだろう。
また、三菱航空機側でも、アメリカから最新の事情に通じたエンジニアを招き入れていたものの、その体制でも、基本設計段階で問題を見抜くことはできなかった。
すなわち、日本では官民ともに経験が不十分であり、その経験ギャップを埋めることができていなかった、というわけだ。

-これ以上の遅延はありえるのか
今回の事態を受けて三菱航空機では、これまで意思決定に関与できなかった外国人経験者が直接指示を出せる新体制に改めるという。
これ以上の後戻り作業が発生することを避けるには、FAAの型式証明の事情に明るい経験者を、今まで以上に積極的に活用する必要があると考えたのだろう。
機器配置やワイヤハーネス設計を、計画図段階にまで引き返して設計し直すには、相当の労力と時間がかかる。それが、今回の約2年の遅延ということだ。
その結果、開発スタートの当初、2013年からの量産機引き渡しが計画されていたのに対して、7年もの遅れが発生することになる。
また、これからも飛行試験やFAAの審査次第では、更なる設計変更が発生する可能性は否定できない。むしろ、何事も起こらないと考えるほうが難しいだろう。
しかし、既にMRJの開発は引き返せない段階に達している。少しでも少ない遅れで量産が始められるよう、切に願っている。


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