高高度気球とF-22の高高度性能

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F-22による気球の撃墜

中国の気球をアメリカ空軍のF-22が撃ち落としました。
気球の高度は64,000ftくらいだったようで、F-22の高度は58,000ftとも伝えられています。
F-22の速度は1.3マッハのようですが、高高度なので、ノットに換算すると300kt(約550km/h)くらいだと思います。
この撃墜にあたっては、支援するF-15戦闘機なども繰り出されており、けっこう大掛かりなミッションです。

交信の内容によると、Link16のデータ通信も使っていて、基地局との通信が調子悪そうでしたが、僚機間通信は問題ないようでした。
こんな高度60,000ft(18,000m付近)での戦闘行動ができるのは、F-22くらいです。

普通は50,000ftが戦闘機の運用上限

日本政府は、日本に侵入した気球は「撃墜可能」だと言っていますが、これは「領空侵犯とみなす」ということで、必ずしも「実行できる」という話ではありません。
もし気球が70,000ftなんて高度で漂ってきたら、そこまで上昇して撃墜できる戦闘機が、日本にはないからです。

F-15は60,000ft以上の上昇限度を謳っていると思いますが、これはあくまで機体性能の上限として、そこまで「浮いていられる」程度の話です。その高度で「行動できる」とは言えず、実際の運用は50,000ftに制限されているはずです。
というのも、50,000ft以上だと、機体にトラブルが発生したとき、パイロットが生還できないからです。
与圧服(プレッシャ・スーツ)を着れば50,000ft以上に昇ってもいいのですが、空自のF-15は与圧服が着られる機能を付けていません。実用試験でテストしたことがあるだけです。
与圧服による高高度迎撃は、F-104JやF-4EJの時代で終わってしまったのです。

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部分与圧服を着てF-104の前に立つパイロット

あと、F-35はもともと対地攻撃が主任務なので、要撃戦闘に向いていない飛行機ですから、そもそも上昇限度が50,000ftくらいしかありません。日本でやりたかったら、F-15のほうがいいと思います。

F-22は話が違う

しかし、F-22は話が違うのです。僕は以前これを知ったとき、けっこう驚きました。
下の図は2010年11月にアラスカでF-22が墜落したときの事故報告書から取ったものですが、異常発生時の事故機の飛行緒元が示されています。
高度は50,000ftを越えていて、しかもアフターバーナーを使わないミリタリー推力で、1.6Gの荷重で旋回中なのです。

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50,000ftを越えて飛行するF-22

これは特別な飛行ではなく、通常の訓練飛行だったようなのですが、ちょっと他の戦闘機では真似ができません。

なお、F-22ではCOMBAT EDGEという飛行装具が採用されています。これは運動性能が高くなった戦闘機に合わせ、パイロットがより高い運動荷重に耐えられるように開発された一種の耐Gスーツです。このシステムでは加圧呼吸システムなどが使われていて、従来戦闘機で50,000ftだった運用高度制限が60,000ftまで緩和されています。今回の58,000ftは、その上限近くでのミッションだったわけです。


高高度気球とF-22の高高度性能」への3件のフィードバック

  1. 勉強になります。非常に興味深い記事でした。
    中国にとっても、今回の撃墜は意外だったかもしれません。

  2.  こんばんは。大変勉強になりました。
    (1)自衛隊ではF-15以降、カッチョイイ与圧服を着て高高度邀撃をするというロマンを止めた。まあ、MiG-25やMiG-31なども来ないだろうし、来たらSAMに任せることにしたのだろう。
    (2)殆どの軍用機の実用上昇限度は17000mがいいところ。このくらいの高度だとB-29を邀撃せんとする蝗軍戦闘機のようにアップアップで少し機動すると高度が落ちてしまうらしい。
    (3)なぜかF-22は高度18000mでも超音速機動が出来る恐るべき高高度性能を有している。卓越した高高度性能を有するというTa152Hの現代版、あるいはF-104の正統後継者。これは実用上昇限度が2万mというロシアのMiG-31やロシア版U-2のゲオフィジカに対抗するため?それとも、異常な飛行高性能を誇るらしきSu-35とかSu-57などに対抗するにはこのクラスの性能が必要としたのだろうか?F-15にASAT衛星迎撃ミサイルの発射母機構想があったように、実はF-22は米版キンジャール極超音速ミサイルの発射母機だったりして。
     F-22に対しては”対抗できるのは異星人のUFOだけ。地球上の飛行機には今後何十年も無理無理”とかいうハッタリくさい宣伝文句があったのですが、その一端を見た感じです。
     もっとも、少数生産で終わってしまったのは対抗できる仮想敵戦闘機がいないというよりも、諸々の冴えない部分があるにもかかわらずライフサイクルも含めて異常に高価だということなんだろうと思っております。米国が無法侵略中のシリア辺りで、Su-35やSu-57との対決の可能性も微レ存なのですけど、米帝もさすがに直接対決は避けている模様。無責任に言えば、ロシアご自慢の”ステルス見破ったり”攻撃の現実性を見てみたくはあるのですけど。

    1. 戦闘機の運用上限50,000ftからでも、うまくミサイルを使えば、高高度気球を射程に収めることは可能だと思います。
      しかし、その場合は戦闘機による目視観察を経ないで撃墜することになり、要するに地上のミサイルで撃ち落とすのと変わらない話になってしまいます。
      航空自衛隊では、領空侵犯対処基準を変更することで、高高度無人機(気球を含む)を無条件に撃墜する方針を採るようですが、こうして武器使用基準が緩和されることで、緊張が増してしまいます。
      問題解決を武力に頼る間違いに、国民や政治家は気付かなければいけないと思います。

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