国産旅客機MRJを開発している三菱航空機が、先だって3度目の計画遅延を発表し、あちこちのニュースで取り上げられた。
報道によると、機体に搭載する装備品の納入が遅れる見通しであることや、型式証明の手続きに関する問題によってスケジュール遅延が生じていると説明されたようだ。
しかし、あまり具体的に説明されていないし、航空機の開発や型式証明の手続きは複雑だ。報道内容だけでは、一般の人たちはもとより、業界人の大多数ででさえ、実際に何が起きているのかは分からない。
ネット上であれこれ見てみると、日本経済新聞の記事が比較的よく書かれていたように思う。
日の丸ジェットMRJ、のしかかる「40年の空白」
タイトルはちょっといただけないし、記事の大半は改めて読むほどの内容ではないが、以下に引用する部分には、問題を理解するための鍵が整理されている。
問題は、機体を稼働させる電源や油圧、「アビオニクス」と呼ばれる航空機向けの電子システムなど各種装備品の仕様調整に手間取り、部品の調達が遅れてしまったこと。部品は約95万点に達し、7割が海外製とされる。海外に分散し、主なところだけでも数十社に及ぶという部品メーカーに対して的確な指示を出し、整合性を保ちながら全工程の作業を進めていくのが航空機メーカーの役割だが、三菱航空機の場合、経験不足がたたり、部品メーカーとの意思伝達がスムーズに進まなかった。
特に混乱をきたしたのが、日本の国土交通省をはじめ各国規制当局が航空機の安全性確保のために求める機体や部品の「型式証明」の取得作業。部品一つ一つの段階で安全性を検証し、それを組み合わせたコンポーネントとして検証し、さらに機体に組み上がってからまた検証する。
従来は完成した機体が性能を満たしていれば済んだが、ボーイング787の開発以降、「型式証明の思想が変わった」(川井社長)。現在は部品の設計の流れから製造に至るまでの過程を文書化する必要があり、そのために数十社に上る部品メーカーとの間で安全性の仕様を詰めていかなければならない。その作業が非常に煩雑なうえ「手順も分からず、部品メーカーに指示不足を補ってくれるように頼むこともあった」(同社関係者)。当然のことながら、部品の製造、納入が大幅に遅れることになった。
勝手に要約すると、海外製が7割を占める「各種装備品」に関して、型式証明を取得するための仕様設定作業が非常に複雑で、詳細な文書化が要求されており、三菱から装備品メーカーへの指示が不足していたりした。そのため、部品の納入遅れに繋がったということだ。
これだけを読むと、近年の厳しい証明制度に、三菱が対応できていなかった、と読める。
しかし、三菱はボーイング787の主翼設計と製造を担当し、最新の型式証明制度に触れてきたうえでMRJ開発に取り組んできた。また、経験不足で部品メーカーとの意思伝達がスムーズでなかったというが、海外メーカーからの装備品調達はF-2などの防衛省機でも充分な経験がある。問題が三菱だけにあったとは、とうてい思えない。
むしろ、一般には見落とされがちだが、審査する航空局側にこそ大きな問題があるのではないか、というのが僕の見立てである。
日本の航空局がどのような体質を持った組織であるかは、ご想像にお任せするが、航空機の運航、整備、製造に携わる多くの人たちには、一定の認識が共有されていると思う。
そして、多くの開発経験を持つ米国FAAや欧州EASAとは異なり、充分な開発経験もなく、MRJの型式証明に備えた組織や制度を、いわば泥縄式に作り上げたばかりだ。はっきり言って、スムーズに旅客機の型式証明審査ができるノウハウがあるわけではない。また、開発だけに限らず、日本における航空局の許認可においては、海外に比べて過剰な説明要求が常につきものだ。
三菱航空機自身は、航空局の指導や要求に対し、仮にその内容に疑義があっても、最大限に応えているだろう。さもなければ、型式証明が得られないのだから。
しかし、ほとんどが海外企業である装備品製造会社は、そうではないはずだ。彼らはFAAやEASAの要求に応えてきた実績があり、証明や説明の要求に応じるのはそのレベルで充分だと考えている。三菱を経由して伝えられる要求に疑義があれば、決して唯々諾々と応じることはないだろう。そして、日本側からの追加要求は、全て開発コストや納期に反映されてしまう。
巷では、MRJ開発は国家的プロジェクトだと認識されているし、事実、国からは有形無形の支援が行われている。
しかし、航空機開発企業が国に期待する支援とは、減税や融資など経済的な措置だけではない。それ以前の問題として、企業が開発能力を存分に発揮できるよう、国の制度や組織を整備することが必要だ。
以前、韓国の軽飛行機「ナラオン」開発についてのエントリでも書いたが、航空機を設計製造する民間会社の技術力だけでなく、国の証明制度や人材の整備も、国力の基盤として非常に重要なのである。
エンジンの最終試験をMHIで行うことを最終合意のニュースの真意は、
チェック内容の合意がメーカーと出来ない(オーバースペック)ため、最終はMHIで行うことで合意なのでしょうか?例えば、通常は耐圧、機密、漏洩、平衡テストまでを、日本では4時間最高出力連続運転で合格とか。
yuki hiraiwa様
コメントありがとうございます。
「エンジンの最終試験をMHIで行う」というのは、こちらのプレスリリースにもある件ですね。
http://www.mrj-japan.com/j/news/news_120809.html
この件は、本エントリのような事情とは直接関係ないでしょう。
単純に「最終組立を日本で行うので、製品検査の一環である試験も日本で行う」だけだと思います。
日本でも外国でも、当局が求める「要求基準」そのものが大きく違うことはありません。
ただし、その基準を満たしていることを判断するのに、日本の航空局は、ひたすら根拠書類や前例の提出をメーカーに求め、なかなか話が進まないようです。
もちろん、航空局の担当官も悪意があるわけではなく、単に経験がなく「自分で判断できない」ことや、「判断して責任を取りたくない」ということが理由なのでしょう。
小生の拙い経験では、数百億円規模のプラント建設で、百人程度の米国人検査員が仕様書と製品の照合検査のために出張してきました。
今回、検査員を米国に派遣するとすれば、どれ程のマンパワーが必要なのか、気が遠くなりそうです。
yuki hiraiwa様
コメントありがとうございます。
プラント建設も、システム工学的な課題は、航空機製造と似ていると思います。
設計から製造、検査、維持に至るまで、様々な制度や規則に支えられているものと拝察します。
なお、アドレスの件、対処致しました。