ロサンゼルスで、デルタ航空のボーイング777がエンジントラブルで緊急着陸し、その際に投棄した燃料によって、その下にいた児童らが皮膚の痛みなどを訴えるという被害が出ました。
緊急着陸で航空機が燃料放出、50人以上けが(TBSニュース)
デルタ航空は「燃料を捨てて安全に緊急着陸できた」と言っているそうですが、地上に被害を出してまで燃料を捨てる緊急性があったかというと、そんなことはないようです。
洋上へ出て燃料を投棄しても良かったし、なんなら燃料を捨てずに着陸したってよかったのです。
最大着陸重量とは
こういうと、飛行機には「最大着陸重量」が決まっているのだから、それ以下になるように燃料を捨てるのは当然だ、という人が湧いてきそうですが、必ずしもそうではありません。
「屁理屈を言うな、決まりは守れ」と言われるかもしれませんが、そもそも「最大着陸重量」を超えた飛行機が着陸してはいけないという決まりはありません。
そして、「最大着陸重量」を超えた飛行機が着陸しても、飛行機は壊れません。
では「最大着陸重量」とはなんなのか。
航空機の耐空性基準を定めているのは、日本においては「耐空性審査要領」で、そのうち旅客機などに適用されるのが「第III部」なのですが、第I部にある「定義」にも「最大着陸重量」という言葉は載っていません。
代わりに載っているのが「設計着陸重量」という言葉です。
「設計着陸重量」とは、構造設計において最大降下率での着陸荷重を求めるために用いる最大航空機重量をいう。
耐空性審査要領 第I部
ここから、この「設計着陸重量」は「最大着陸重量」を包含する概念だと言ってよいでしょう。
また、「第III部」を読んでいくと、「最大着陸重量」が何か所か出てきます。
細かいことを省くと、フラップや脚を降ろした着陸形態、かつ「最大着陸重量」での操縦性が基準を満たすことが要求されているのです。
以上のことをかいつまんで言うと、「最大着陸重量」とは「着陸時に安全な操縦性や飛行特性が証明されており、最大降下率での着陸荷重に耐え得る最大の機体重量」のことです。
なんだか当たり前のような話ですが、そういうものです。
では、最大離陸重量とは
さて、「最大降下率での着陸荷重に耐え得る最大の機体重量」が「最大着陸重量」なのですから、それよりも重い「最大離陸重量」で着陸したらどうなるのか。
壊れない保証がないじゃないか、と思われるかもしれません。
そうではないのです。
もういちど耐空性審査要領に戻りますと、こうあります。
「設計離陸重量」とは、構造設計において地上滑走及び小さい降下率での着陸に対する荷重を求めるために用いる最大航空機重量をいう。
耐空性審査要領 第I部
そして、第III部の「着陸状態」の基準で、こう書いてあります。
設計着陸重量(最大降下率での着陸における最大重量)で3.05m/s(10ft/s)の制限降下率
設計離陸重量(最大降下率よりも低い降下率での着陸における最大重量)で1.83m/s(6ft/s)の制限降下率
耐空性審査要領 第III部
ちょっとわかりにくいですが、まとめると次のようなことを言っているのです。
- 最大着陸重量では、3m/秒の降下率で着地しても壊れてはいけない
- 最大離陸重量では、1.8m/秒の降下率で着地しても壊れてはいけない
つまり、飛行機が飛び立つときの最も重い状態である「最大離陸重量」であっても、毎秒1.8m以下の降下率で着地するのであれば、機体構造は大丈夫なのです。
ハード・ランディング
さて、この1.8m/秒という降下率は、普通の着陸に比べてどうなのでしょうか。
ざっくり言うと普通の着陸における降下率の2倍~3倍に相当し、もう「ハード・ランディング」と呼ばれるレベルです。
別の言い方をすると、離陸直後で「最大離陸重量」に近い重量であっても、ハード・ランディングしない限り、機体の構造は大丈夫だというわけです。
もちろん、最大着陸重量を超えた重量で着陸した場合、特別点検が必要になると思います。
しかし、その点検はそれほど特別なものではないはずで、むしろ緊急事態の原因となったエンジンの点検のほうがたいへんでしょう。
さて、以上に書いたことは、僕の勝手な思い込みなどではなくて、ボーイング社が発行している業界向け広報誌「AERO」にも、何年か前に同趣旨の記事が載ったのです。
AERO Overweight Landing? Fuel Jettison?
今回の機種は、まさにボーイング社の777型機ですし、今一度、燃料投棄について再考する機会にしていただきたいものです。
こんばんは、Lです。素晴らしい解説記事ですね。最大着陸重量を超えての着陸は(安全率は充分にせよ)禁忌だと漫然と思っていました。でも、余程のハードランディング、艦上機パイロットがヘタクソと言うくらいで無ければまあ大丈夫なんですね。また、最大離陸重量での着陸でさえ大概は大丈夫というのは意外でした。
この辺りは映画や戦記物のサスペンスな脚色に毒されていたり、”F-14Aはフェニックスを6発積めるが最大着艦重量を超えるのでそのような運用は通常しない”といった記述に惑わされていたからだと思います。以前、航空雑誌のライターの程度について評していらっしゃいましたが、横を縦にしたりカタログに惑わされたり、御用だったりとファンに基本と実相を啓蒙する力に乏しいかなと。ブースカさんのような実務家のお話はとても勉強になります。昔の航空情報の連載「ロータークラフト・ナウ」とかは勉強になりました。オスプレイのボーテックス・リングなどの致命的な特性についても取り上げていて非常に価値ある記事でした。
また、解説記事を書いてください。
コメントありがとうございます。
「ロータークラフト・ナウ」というのは、タイトルからして西川渉さんの連載でしょうか。
回転翼航空機については大御所の一人で、お目にかかったことはありませんが、価値のある記事を多く執筆していらっしゃいますね。
近年、ああいう硬派の記事を、あまり見かけなくなりました。
執筆陣の人材難もあるのでしょうが、ニーズは少なくないと思います。
僭越ですが、そうしたニーズに多少なりとも貢献できるよう、機会を見つけて書いていくようにしたいと思います。
お返事、ありがとうございます。
>「ロータークラフト・ナウ」というのは、タイトルからして西川渉さんの連載でしょうか。
そうです。多岐にわたる内容でしたが、ベル47やジェットレンジャーなどを例に、原理・構造・性能や制限を含むマニュアル・実務とコツから農薬散布などの具体についての記事辺りはとても興味深かったですね。ヘリの操縦には手足が4本ずつあって計8本で別々のリズムを自在に叩くくらい難しいようですが、更に弁えておくことがこんなにあるのかと頭が痛くなりました。
飛行機に関することは字面や直感では誤解することが、歴史と翻訳のためでしょうが、多いと思うので原理と基本をご存じの方が記事にしないと誤解を増殖させてしまうと思っています。
今は大丈夫かな?と思いますが、かつては英語圏プラモメーカーでも翼などのディメンジョンの定義・計り方を理解していなくて諸元表からプラモの設計に正しく落とし込めていないことがままありました。セイバーの6‐3翼の6インチの拡幅は翼の付け根ではなく、図面上で左右前縁を延長して出来る交点を前方に6インチ伸ばしたものですがわかっていなくて後退角が余分になったものが多かったです。また、P-47の古いキットでは実機に比べて翼弦長が過大なものが多かったのですが、これも翼の胴体付け根の前後の長さ=翼弦長と誤解したためでした。本当は左右の前後縁を胴体下に伸ばし交わったところの前後で計った長さが翼弦長だそうで、にもかかわらずこの値を翼付け根の前後長にあてはめたので過大になってしまったらしいと。翼面積の算出には胴体外側の翼部分だけでなく胴体下の分も仮想的に加えることがあるということの意味が分かっていればF-86やP-47の件も理解できたことでしょう。この辺も飛行機の進化の歴史でライト・フライヤーのように翼が先で胴体が後から進化したということを弁えていれば、現代では不自然に見える翼のディメンジョンの定義も理解できると。こうした経緯がわかれば、最近まで速度記録のFAIの条件がなぜ高度100m以下だったかもわかると。ごく初期の飛行機と比較するためにはこれらの飛行機に合わせてマッハ2級のRB-104も超低空をかっとばざる得なかった(F-104Gの部品が多かったろうから機体は「任せとけ!」だったかもしれませんが)と。
政治でも経済でも文化でも歴史を理解していないと今を理解できないし先も見えてこないと言いますが、飛行機もそうだと思います。こうしたことは、ブースカさんのように飛行機が手の中に入っている方の役割で、ネットで暴れる神聖3文字や愚太郎ら「畳の上の水練な夜郎自大以下マニア」や御用解説者の仕事ではないと思います。
今後とも楽しみにしております。
追伸 RB-104の記録ランの飛行高度は30m以下でしたね。FAIの基準も30m以下だった気がします。「紅のチャレンジャー」が発掘できればはっきりするのですが。飛行速度が目と脳の神経の伝達速度(100m/秒)を軽く超えるので目に映るのは過去の映像だから、見て操作しても絶対に間に合わない、おまけに視界は極端に狭まり前方の一点だけが見える、だから心で操縦する、とかいう記述に興奮したものでした。